相続した預貯金の調べ方
■質問 二刀流ブログ第23回 相続不動産の調べ方からの続きです
私は横浜市に居住するサラリーマンです。
今年10月に東京都渋谷区に居住する父が亡くなりました。
父の自宅から預貯金通帳がでてきて、それを見ると相続開始時点の残高が確認できるものもあれば、長期間記帳されず放置されたままのものもあります。
相続した預貯金が実際にはいくらあるのか調べるにはどうしたらよいのでしょうか?
答え
まずは、預貯金通帳に記載されている金融機関から被相続人との全ての取引に係る残高証明書を取り寄せます。
ただし、それだけでは表に出てこない
預け金、生前贈与、有価証券、名義財産等を見落とす恐れがあるので、預貯金通帳により過去から現在にいたるまでの入出金の状況を確認する必要があります。
過去の預貯金通帳がない、あるいは記帳が漏れている場合は、金融機関で異動明細を取得して下さい。
なお、税理士に相続税申告を依頼する場合には、上記残高証明書、手許にある預貯金通帳、取り寄せた異動明細を税理士に提示すれば、入出金の記録の分析や「表に出てこない財産等」の確認までやってくれると思います。
相続した預貯金の調査ポイント
預貯金については、
被相続人名義の預貯金の相続開始時点の残高確認がメインですが、
1.相続開始時点の現金に追加すべき金額の確認
2.預け金の確認
3.生前贈与事績の確認
4.有価証券の確認
5.名義財産の確認
もポイントとなります。
被相続人名義の預貯金の残高確認
被相続人名義の預貯金の残高確認は、被相続人の自宅から出てきた預貯金通帳に記載されている金融機関で残高証明書を取得することにより行います。
通帳で代用もできますし、取得には手数料がかかりますので必ずしも取得しなければならないものではありません。
しかし、下記の理由から通帳残高が非常に小さい場合を除き、当事務所で関与するお客様については原則として取得をお願いしております。
税務署も税務調査に来て、残高証明書がないと、「先生、残高証明書とってないんですか?」と嫌味を言うことがあります(筆者の経験)。
残高証明書を取得する理由
残高証明書を取得する主な理由は2つあります。
一つ目は、その金融機関における全ての取引残高を証明してもらうためです。
金融機関は預貯金だけでなく、融資も行っています。また、信用金庫や農協であれば、出資金を預かっていることがほとんですし、農協であれば、建物更正共済契約業務も行っています。
従って、残高証明書を取得するといってもそれは、
「預貯金」だけではなく、
「被相続人のその金融機関との間で行われている全ての取引」
の残高を金融機関に証明してもらう手続きなのです。
二つ目は定期預金の相続開始時点の未経過利息を確認するためです。
相続税の計算上、普通預金を除く預金については、元本に解約利息で計算した未経過利息(税引き後)を加算する必要があります※。
通帳にも約定利息は記載されていますが、この利息は満期まで預けた場合の利息で、中途で解約した場合に使う解約利息ではありません。また、預入日から相続開始時点までが長期にわたる場合、日数計算も煩雑になりますし、利息に対して課税される源泉所得税相当額を計算しなければならず、面倒です。
そこで、残高証明書を取得するときに「普通預金を除く預金の相続開始時点における未経過利息を計算して添付してほしい」と依頼します。
そうすると、費用はかかりますが、相続税の計算で使う未経過利息を記載してくれます※
※:一部の金融機関では依頼しなくても記載してくれますが、忘れずに依頼した方が漏れがないと思います。
残高証明書で証明(計算)してもらうもの
以上から残高証明書で証明してもらうものは以下のとおりとなります。
1.その金融機関における全ての取引の「相続開始時点における」残高
2.普通預貯金を除く預貯金の未経過利息※
※はこれは証明してくれる場合もああれば、参考として示す場合もありますが、どちらでも実務上問題ありません。
残高証明書取得にあたって必要となるもの
残高証明書を取得するためには、まず金融機関に相続が発生した旨を伝え、残高証明書発行の依頼をします。
金融機関によって手続きが微妙に違うので、いきなり窓口に出向くのではなく、事前に各金融機関に手続きを確認しておくことをおすすめします。
多くの場合、残高証明書取得にあたっての必要書類は、
1.各金融機関の残高証明書の発行依頼書
2.法定相続情報又は被相続人が亡くなったことがわかる書類及び申請者が相続人であることがわかる戸籍証明書※
3.申請者の実印
4.申請者の印鑑証明書
5.発行手数料
となります。
※法定相続情報等は事前に返却を依頼しないと、そのまま金融機関で引き取ってしまいます。
申請時に必ず返却を依頼しましょう。
残高証明書取得の落とし穴
残高証明書を取得するときの落とし穴は、以下の2点です。
1.口座が凍結される
2.通帳が引き上げられる
口座が凍結される
残高証明書を取得すると、金融機関は被相続人名義の預貯金口座を凍結します。
凍結されると被相続人の生前に借入金の返済、税金、公共料金の支払いをその口座から引き落とすことにしていたとしても引落しができなくなります。
当然ですが、葬式費用等の資金も引き落とすことができなくなります。
税金や公共料金はたいして大きな金額ではないかもしれませんが、被相続人がアパート経営を営んでいてアパートの建築資金として多額の借り入れをしていた場合、被相続人が個人事業主でその口座を必要経費の引落しに使っていた場合には、多方面に影響が及ぶ場合があります。
通帳が引き上げられる
残高証明書を取得するときに預貯金通帳を返すよう求める金融機関があります。
(ないと答えればそこで終わるケースも多いようです)
預貯金通帳を返してしまうとせっかく生前の取引が記載されているのに、わざわざ費用を払って金融機関から預金異動明細を取得しなければならなくなります。
返すのであれば、全て記帳及びコピーしてから、金融機関に返すべきです。
残高証明書を取得したあとの調査
残高証明書を取得したあとは通帳等により
1.相続開始時点の現金に追加すべき金額の確認
2.貸付金の確認
3.預け金の確認
4.生前贈与事績の確認
5.有価証券の確認
6.名義財産の確認
を行います。
預貯金通帳等がない場合
上記の確認には、過去から現在までの預貯金通帳が必要になります。
通帳がない場合、あっても記帳は不十分な場合は預貯金の異動明細を金融機関から取得します。
なお、ここから述べる内容は専門的な知識や経験を必要とするところですので、相続税申告を税理士に依頼する場合には、残高証明書、預貯金通帳、異動明細を提示すればよいと思います。
当事務所でも提示だけをお願いし、その後の分析は当事務所に丸投げしてもらっています。
預貯金通帳等は何年さかのぼるか
過去までさかのぼると言っても相続開始前何年分までさかのぼればよいのでしょうか?
3年分?
5年分?
10年分?
明確な答えはありませんが、当事務所では原則として10年分の提示をお願いしています。
それは、多くの金融機関における預貯金の異動履歴の保存年限が10年で、税務調査でさかのぼれるのも10年と見込まれるからです。
相続開始時点の現金(に追加すべき金額)の確認
これは、相続開始時点直前の預貯金の引落し履歴を確認することによりある程度把握できます。
被相続人が死亡したことがわかると、被相続人の預貯金は凍結されてしまいます。
これでは、被相続人の葬儀費用等を賄えないことがあるため、相続開始の直前に引き落としておくことが結構あります。
この場合、残高証明書にはこの引落し後の金額しか書かれていませんから、残高証明書記載の金額だけを相続税の申告書に記載しても、引落した金額が漏れているということになります。
従って、このような引落し額については、相続開始時点では現金で残っているとみられますので、
「相続開始時点の現金(に追加すべき金額)」
として相続財産に加算しなければなりません。
税務署は分単位で見ている!
筆者がまだ、相続税実務に携わりはじめたころの話です。
被相続人は平成×1年10月5日の午後6時に亡くなりました。
残高証明書の同日付の金額は10,000,000円
被相続人のA銀行の口座をみると、相続開始日に500,000円の引き落としがありましたが、平成×年1年10月5日最後の残高は10,000,000円で残高証明書と一致していました。
平成×2年9月15日所轄税務署の税務調査がありました。その日はひととおりの概況確認及び現況確認で終わり、後日連絡しますということで調査は終了となりました。
平成×2年10月20日、所轄税務署の調査官から筆者のところに電話がありました。
その中で「A銀行で預金の異動履歴を確認したところ、相続開始日の引落しは午後4時35分であり、その時点では500,000円は引き落としていため、相続開始時点の正しい預金残高は、残高証明書記載の10,000,000円に500,000円を足した10,500,000円である」と指摘を受けました。
筆者の経験不足を示すようでお恥ずかしい話なのでが、このように税務署は分刻みで預金の動きを確認しています。通帳には引落しの時間までは記載されていませんので、相続開始日に引き落としがある場合には、ATMから発行される引落し明細、WEBの引落し履歴を確認し、ない場合には費用がかかってでも可能な限り金融機関で確認した方がよいと思います。
貸付金、預け金、生前贈与の確認
通帳をつぶさに見ていくと、相続人その他の親族等(以下「相続人等」といいます。)あてにまとまった金額を振り込んでいることがありますので、その使い道を相続人等に確認する必要があります。
多くの場合、
1.何かを購入した代金の支払なのか
2.貸付なのか(貸付金は特定の者から入金が継続していることからも推測できます)
3.借入金の返済なのか
4.贈与なのか
5.預け金なのか
のいずれかに該当するのではないかと思います。
1.であれば、特に問題とはならないのですが、
2.であれば、相続人等に対する貸付金を相続開始時点で持っていた⇒遺産の増加
3.であれば、相続人等に対して相続開始時点で借入金がある⇒遺産の減少
4.であれば、相続人等に生前贈与をしていた⇒相続人であれば、(相続税法上の)遺産(同等物)の増加※
※原則相続開始前7年前の贈与が対象。金額が大きい場合は、贈与税の申告が必要になります。
5.であれば、相続人等にお金を預けていた⇒遺産の増加
であることがわかります。
筆者のつたない経験ですが、税務調査で必ずチェックされる項目になると思いますので、極力漏れがないようにすべきです。
有価証券の確認
通帳をつぶさに見ていくと、上場株式の配当金や投資信託の分配金が振り込まれていることがあります。
これは、被相続人がその元本である上場株式や投資信託※を所有していたことを示すサインです。
※財産評価基本通達では「投資信託の受益証券」と呼んでいます。
証券会社の取引残高報告書が見つかっている場合でも、そこに記載のない上場株式の配当金や投資信託の分配金だったということもありますので、注意深く照合する必要があります。
名義財産の確認
預貯金通帳等を見る場合、振込先の記載がない出金もその使い道を相続人等に確認する必要があります。
多くの場合は、生活費の出金ということが多いと思われますが、そのお金を相続人その他の親族名義の預金に入金していたり、相続人その他の親族名義の有価証券等※を購入したりしている場合は要注意です。
これを「名義財産」と呼びます。
名義財産がある場合、
・その財産を作る行為が被相続人の独断でやっているのか
・その財産を作る行為について相続人等は認知しているのか
・その財産を作った時にに被相続人と相続人等との間で「贈与の意思」と「受贈の意思」があったのか(贈与契約書があるのか、贈与税の申告はしているのか)
・名義預金等の通帳や銀行印等の管理や運用は被相続人が行っているのか
を確認し、相続財産とするのか、相続人等の固有財財産とするのか、慎重に判断する必要があります。
相続財産と判断したのであれば、名義財産の相続開始時点の残高を残高証明書により確認する必要があります。
さらに通帳を見ていくと、保険料や共済掛金の引落しがされていることがあります。
この場合これらの保険契約や共済契約の内容を確認する必要があります。
まずは被相続人が契約者等となっている保険証書や共済契約書等と照合し、そこに記載されている保険料等と一致すれば問題はないのですが、かなりの頻度で、被相続人の相続人が契約者等となっているものの保険料等が引き落とされていることがあります。
このような契約は相続税の計算では被相続人の生命保険契約又は共済契約となります。
具体的には、
被保険者又は被共済者が被相続人である場合は、死亡保険金や入院保険金等が相続税法上の相続財産となりますし、
被保険者又は被共済者が被相続人でない場合は、生命保険契約に関する権利が相続税法上の相続財産となります。
上記に類するものとして、農協の建物更正共済契約もあります。
これらも税務調査における主要な着眼点になると思いますので注意して下さい。
使途が不明な場合
上記で相続人等に確認しても使途が不明という場合があります。
「本当に不明なのか」
「うすうすわかっているけれどもとりあえず不明なのか」
不明にも様々は種類があると思いますが、税理士としてはそれ以上深堀りすることはできません。
既に被相続人は亡くなっているので仕方ないと言えばしかたないのですが、その金額が不自然に大きい場合、相続人等の収入状況等からみて相続人等が多額の資産を有している場合ですと、税務調査においてあの手この手で相続人等の固有財産ではなく、相続財産ではないかと指摘されるリスクが大きくなりますので十分に注意する必要です。
このような場合、当事務所では上記のリスクをお客様に十分理解していただいたうえで次の処理に進むように心がけています。
相続人等名義の財産をどこまで調べるか
名義財産の把握漏れをなくすには、相続人その他の親族名義の預貯金通帳等を提出してもらいその異動状況、被相続人名義の預貯金通帳等の異動状況を同じテーブルで時系列に並べて、相続人その他の親族に逐一(ちくいち)確認していくのが最も効率がよいと思われます。
しかし、相続人その他の親族によっては、ご自身の通帳等まで税理士に開示するのを嫌がる方もあり、被相続人名義の預貯金通帳等だけで推測せざるを得ないのも事実です。
税務調査は、被相続人名義の預貯金の異動状況も相続人名義の預貯金の異動状況も確認できますので、この場合、「情報の非対称性」が生まれてしまいます。「知らぬは税理士ばかりなり。」という状況になるわけです。
「相続税を専門とする税理士は報酬がたくさんもらえていいね。」というお叱りを受けることがありますが、このようなリスクと日々格闘しているとご理解いただけると幸甚です。
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