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二刀流ブログ第11回「これであなたも相続税評価の名人になれる! 土壌汚染地その2」

■質問(再掲)


私の父は、50年前からクリーニング店を営み、母と二人三脚で長男である私と妹の二人の子供を育てあげてくれました。

 

クリーニング店は、私鉄O線A駅から徒歩15分程度の起伏に富んだ住宅街に所在し、そこで母がとりつぎを、父がクリーニング作業を行っていました。

A駅は都心まで急行利用で50分程度で行けることから、周辺の人口も増えつづけ、クリーニング店も繁盛し、わずかではありますが、作業場も大きくなっていきました。

 

しかし、しだいにお客さまである住民の方々の高齢化が進み、ワイシャツ、スーツなどのビジネス関連の需要がじょじょに減りはじめました。さらに10年前くらいからは足腰に負担のかからない利便性の高い都心型マンションや介護施設などにうつる方々も増え、さらに経営はきびしくなってきました。

そのうえ昨年のはじめに父にがんが発見され、昔のようにバリバリ働けなくなってきました。

 

そこで、父はクリーニング店を閉じる決心をし、クリーニング店の土地建物を売却することにしました。

知り合いの不動産業者に相談したところ、周辺の土地利用状況や景気を考えるとクリーニング店として売るのは難しく、戸建住宅を分譲するハウスメーカーに売るのが最もよいだろうということで戸建住宅開発用地として売却することにしました。

 

しかし、閉じるにあたってはクリーニング店が土壌汚染対策法の特定有害物質使用特定施設だったため、いわゆる「土壌汚染地」であるかどうかについて指定調査機関の調査をしなければならなくなりませんでした。

調査をしたところ、排水溝を中心にトリクロロエチレンが基準値を上回っていることがわかりました。

 

その後しばらくして父のがんが悪化し、今年の6月に亡くなりました。

父の主な遺産はクリーニング店の土地(土壌汚染を考慮しない路線価評価額6,000万円)と建物(500万円)、自宅の土地(路線価評価額3,000万円)と建物(200万円)、預金が500万円です。

遺品を整理していたところ、クリーニング店の土地建物の権利証とともに指定調査機関が土壌汚染調査の内容について報告した「環境調査報告書」と同じ機関が作成した土壌汚染対策工事費用の見積書(見積額2,000万円)がでてきています。

預金が少なく、納税のためにクリーニング店の土地建物の売却は父の考えどおり進め、戸建住宅を分譲するハウスメーカーと売買契約をむすびました。

売買契約書では

1.本件土地の売買代金の最終金は2,000万円とする

2.買主が造成・建築工事を着工し、その造成・建築工事の障害となり得る地中埋設物、土壌汚染が存在しないことが確認された後、最終金2,000万円を支払う

3.本件土地について土壌汚染、地中埋設物等隠れた瑕疵が発見された場合は、売主の責任と負担において解決するものとする

と書かれており、実際に最終金の決済・物件の引き渡しにむけ土壌汚染対策工事が進められています。

 

このような状況のなかでもクリーニング店の土地の相続税評価額は土壌汚染対策費用などを引いてはいけないのでしょうか。

■土壌汚染に対する相続税の取り扱い


前回(二刀流ブログ第10回)で土壌汚染の影響を土地価格から「値引き」するという考え方がわが国においても定着し、相続税評価の場面でもその考え方を解説した「情報」(※1)があることをご紹介しました。

 

ここからは「情報」に沿いつつも、実務で使えるように質問の内容にあてはめながらわかりやすく説明していきます。

■土壌汚染地と土壌汚染の疑いがある土地


土壌汚染地とは土壌汚染対策法に規定されている特定有害物質(以下、「特定有害物質」といいます。)が地表又は地中に存在する土地をいいます。

土壌汚染の疑いがある土地とは特定有害物質が地表又は地中に存在する「かもしれない」土地をいます。

 

「情報」では土壌汚染地の明確な定義が見当たらず、いきなり土壌汚染対策法の施行及びその概要、土壌汚染地の評価手法から始めているので「何を書いているのかわからない」状況に陥りますが、実はこの区分を明確にすることが重要です(※2)。

 

実は「情報」でも目立たないところに次のように記載しています。

「相続税等の財産評価において、土壌汚染地として評価する土地は、「課税時期において、評価対象地の土壌汚染の状況が判明している土地」であり、土壌汚染の可能性があるなどの潜在的な段階では土壌汚染地として評価することはできない。」

 

つまり、

土壌汚染地であれば「値引き」できる。

土壌汚染の疑いがある土地にすぎなければ「値引き」はできない

という流れになります。

◼️土壌汚染地は土壌汚染の専門家から「お墨付き」をもらった土地だけ。


一概に土壌汚染地といっても、わたしたち一般人が土地を見て土壌汚染地であると判断できるのでしょうか。

答えは「NO」です。

 

一般人が土地を観察できるのは地表だけですし、そもそも特定有害物質は一般人が見てわかるものではありません。

 

具体的には土壌汚染の専門家が調査し、特定有害物質が地表又は地中に存在していると判明した土地だけが土壌汚染地であるという判定になります。

つまり、土壌汚染の専門家から「土壌汚染地です」と「お墨付き」をもらった土地だけが土壌汚染地になり、「値引き」の対象になります。

 

従って、

・ガソリンスタンドの敷地だったので、地下タンクからガソリンが染み出ている可能性があるかもしれない

・クリーニング店の敷地だったから、排水溝に有害な物質が流されていたかもしれない

・印刷工場の敷地だったから、地中にインクなどに含まれていた有害な物質がしみでているかもしれない。

・鉄道操車場の敷地だったから、洗車場の排水溝などに有害な物質が流されていたかもしれない

というだけでは「土壌汚染の疑いがある土地」にすぎず、「値引き」はできません(※2)。

◼️土壌汚染の専門家


土壌汚染の専門家は誰なのでしょうか?

 

不動産業者?

不動産鑑定士?

 

確かに、不動産鑑定士が自分で土壌汚染を調査して、その影響を「値引き」の対象とした不動産鑑定評価書はありますし、これを不動産取引の判断基準としているケースはあります。

 

しかし、相続税の評価ではちがいます。

彼らが独自に調査して、その結果に基づいて土壌汚染の疑いがある土地と判断しても税務署から否認されます(※3)。

 

答えは、

「指定調査機関」です。

 

指定調査機関とは、土壌汚染調査等を実施することができる唯一の専門機関です(※4)。

環境省のホームページによると、指定調査機関は全国に677、事業所は827あるそうです(令和2年9月14日現在)。 

【環境省URL】

http://www.env.go.jp/water/dojo/kikan/

■土壌汚染調査の手順


指定調査機関による土壌汚染調査は次の手順で行われます。

 

1.Phase1調査

・その土地や周辺地が現在がどのように使われているか

・その土地や周辺地が過去にどのように使われていたか

・その土地や周辺地の地下水などの流れはどうなっているか

などを確認して「土壌汚染の疑い」がないかどうかを確認します。

具体的には、

現地での目視調査、その土地のうえにある建物の登記事項、その土地のうえにあった建物の閉鎖登記簿、過去から現在までの地図や航空写真、その土地や周辺地の土地所有者へのヒアリング、土壌汚染対策法や下水道法などの有害物質使用特定施設でないかの確認などを行います。

その結果は、「環境調査報告書(Phase1)」(※5)として調査依頼者に発行されます。

 

ここで「土壌汚染の疑い」があれば、次のPhase2の調査へ進みます。

ここで「土壌汚染の疑い」がなければ、そこで土壌汚染調査は終了し、「土壌汚染の疑いは極めて小さい土地」として「値引き」の対象にはしないことになります。

 

2.Phase2調査

Phase1調査で「土壌汚染の疑い」があると判定された土地について、実際に現地調査などを行い、「土壌汚染地」なのかどうかを判定します。

具体的には、

現地において表層土壌から土壌サンプルなどを採取し、このサンプルについて化学分析を行って、その土地のどのあたりにどのような特定有害物質に基づく土壌汚染が起きているのかを調べます。

そのサンプルに特定有害物質が環境省で定める基準より多く含まれていれば、「土壌汚染地」となります。含まれていなければ「土壌汚染地ではない土地」として「値引き」の対象にはしないことになります。

その結果は、「環境調査報告書(Phase2)」として調査依頼者に発行されます(※6)

 

3.Phase3調査

Phase2調査で「土壌汚染地」であると判定された土地について、さらに詳しく調べて特定有害物質に基づく土壌汚染が具体的にその土地のどの範囲のどのくらいの深さにあるかを調べます。

具体的には、

現地でボーリング調査などを行い、深さのレベルに応じた土壌や地下水の分析を行い、そのレベルごとの汚染度合いを把握していき、どのような土壌汚染対策をすべきかの概要を調べます。

その結果は、「環境調査報告書(Phase3)」として調査依頼者に発行されます(※7)。

 

4.土壌汚染対策費用の見積

Phase3調査で調べた土壌汚染対策を実際に行った場合にいくらかかるのか、見積額が算出されます。

■値引きできる土地の判定フロー


ここまでの説明を図解すると以下のとおりです。

■相続税評価で「値引き」できる土壌汚染地とは


以上から相続税評価で「値引き」できる土壌汚染地とは、

 

「土壌汚染調査(Phase2)により、土壌汚染地であることが判明している土地」

であるということができます。

 

これを「■質問」のケースにあてはめると、

お手許にある「環境調査報告書」は指定調査機関がクリーニング店の土地に含まれる特定有害物質が基準値を上回っていることを報告しているもので、おそらくPhase2の内容のものであると見込まれます。

本当にPhase2の内容かどうかは報告書の記載内容や作成した指定調査機関に確認された方がよいと考えますが、確認の結果、Phase2の内容であるということであれば、相続税評価で「値引き」できる土壌汚染地ということになります。

 

これでようやくご質問の土地は「値引き」できる土地であることがわかりました。

 

それでは、「いくら」値引きできるのでしょうか。

 

次回は、この「いくら」についてご説明していきます。

■参考


※1:「土壌汚染地の評価等の考え方について」(情報)

 資産評価企画官情報第3号、資産課税課情報第13号(平成16年7月5日国税庁課税部資産評価企画官資産税課)

 

※2:ガソリンスタンドの敷地について以下のような土壌汚染の疑いがあるというだけで「値引き」して、納税者と国との間で争いになった事例(平成28年6月27日裁決、平成28年7月4日裁決)がありますが、納税者が負けています。

 

「対象不動産は、ガソリンスタンドの敷地として利用されており、地下タンクの破損等による油、ベンゼン、トルエン等、有害物質が流出した可能性があり、土壌汚染が懸念される。」

 

※3:上記※2の平成28年6月27日裁決、平成28年7月4日裁決では、土壌汚染の有無について、指定調査機関の調査を経ずに不動産鑑定士が独自の調査で判断し土壌汚染の疑いがあるということで「値引き」をした不動産鑑定評価書に基づいて争いましたが、国税不服審判所はこれを認めませんでした。

 

不動産鑑定評価実務においても土壌汚染リスクを「値引き」して鑑定評価額を決定するのか、土壌汚染リスクだけを記載して、「値引き」については考慮しない価格(=「値引き」しない価格)をもって鑑定評価額とするのかは難しい問題です。

 

不動産鑑定士が独自の調査に基づき、汚染状況の把握、汚染対策の把握、汚染対策費用の把握を客観的に推定できる場合には、土壌汚染リスクを「値引き」して鑑定評価をすることはできるとされていますが、専門的な内容を多く含んでおり、難しいものがあります。

 

投資家への影響が大きい証券化対象不動産の鑑定評価では、「土壌汚染の存在が確認されていない段階の土壌汚染の「可能性」に基づく対策費用の試算金額や調査仕様を満足しないおおまかな調査を基にした概算の対策費用を鑑定評価に採用することができない。」(証券化不動産の価格に関する鑑定評価手法上の留意事項 平成19年3月 公益社団法人日本不動産鑑定協会)としており、相続税の取り扱いはこちらに近い立場にたっていると思われます。

不動産鑑定士はお客様のニーズに柔軟に対応するためいろいろな条件をつけて評価することがありますが、相続税の評価では

 「相続開始時点の状態を所与としてあるがままに評価する」

 ことが最も重要であることをあらためて認識させられる事例です。

 

※4:環境省ホームページ

 

※5:実務上は、土壌環境調査報告書(Phase1)とか環境サイトアセスメント報告書(Phase1)など、各調査機関によって名称は異なりますが、調査内容はほぼ同じです。

 

※6:実務上は、土壌環境調査報告書(Phase2)とか環境サイトアセスメント報告書(Phase2)など、各調査機関によって名称は異なりますが、調査内容はほぼ同じです。

 

※7:実務上は、土壌環境調査報告書(Phase3)とか環境サイトアセスメント報告書(Phase3)など、各調査機関によって名称は異なりますが、調査内容はほぼ同じです。

また、Phese2で土壌汚染地であるとわかった段階で、土壌汚染対策をすることを決めて、Phase3の調査報告書などを作成することなく、見積書をとって、対策工事に着手するケースもあります。

あくまで私見ですが、このような場合の土壌汚染対策の見積も合理的なものであると判断してよいと思われます。

@新富税理士・不動産鑑定士事務所

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コメント: 2
  • #1

    光速の牽制球 (木曜日, 08 10月 2020 16:23)

    いつも楽しく拝読しております。
    はじめてのコメントで質問させていただいてもよろしいでしょうか。
    相続税評価では、
    ・土壌汚染が判明している土地→「値引き」あり
    ・土壌汚染の疑いがあるが、判明はしていない土地→「値引き」なし
    ということがよく分かりました。
    現実の不動産市場でも、土壌汚染の疑いがあるだけで、土壌汚染が判明していない土地の取引では値引きしないものなのでしょうか。

  • #2

    絶望の小飛球 (木曜日, 22 10月 2020 10:08)

    不動産鑑定士をしている者です。
    解説が分かりやすいので、このブログは重宝しております。
    ところで、お仕事でご一緒させていただく税理士の先生にいまさら改めておたずねすることもできなくて、ここで先生に教えていただければと思いまして、メッセージいたしました。
    私も業務の中で相続に関する案件にかかわらせていただくことがあるのですが、
    不動産鑑定士がかかわる部分は、相続の中のほんの一部かと思います。
    相続発生から相続税納付までの大きな流れ(税理士の先生がどのように動いておられて、不動産鑑定士がその中でどの部分にかかわらせていただいているのか)をお教えいただけませんでしょうか。
    よろしくお願いいたします。